2015年
9月7(月)〜9日(水)
  昨年度の大学院ゼミのメンバーと能本、大分を駆け足で回りました。初日は午後から南阿蘇の
女性農業者、川辺ダム反対運動の代表の方からお話をうかがいました。ダムを作るから堤防が
要る。ダムを作る前は、「にごりすくい」といって、川の水の様子で洪水になるかどうか判断していた、
という話が印象的でした。
 2日目は水俣市資料館で語り部の方からお話をうかがい、さらに水俣病歴史考証館で初期の患者
の方々の多くが天草からの移住者であり、当時、二重の差別を受けていたことを知りました。チッソ
工場近くの海は埋めたてられ、公園となり、島や半島で囲まれた海は何事もなかったかのように穏
やかでした。
 その日は一路、九州自動車道を経由して湯布院へ。6年前に泊まったゆふいんフローラハウスに
今回もお世話になりました。翌3日目は、経営者の安藤正子さんのお話をうかがった後、老舗旅館
御三家と呼ばれる山荘無量塔(むらた)、亀の井別荘、玉の湯を巡り、ランチとコーヒ−だけですが、
しばし贅沢な気分を味わいました。平日ですが、観光客が大勢います。湯布院は避暑地でもあるの
ですね。認識を新たにしました。                         (9月12日FB近況の再掲)
   


 どこもかしこも、くまもんがいっぱいです。
阿蘇はその独特の景観から世界農業遺産に登録されました。10月には農業女子の企画により、ここでファッションショーを行うそうです。
 
圃場整備を行っていない不定形な田んぼ 水俣エコパークにて
   
 茂道という漁村  ゆふいんフローラハウスの朝食。メインは鳥サ
サミとベビ
ーリーフのサラダ。
   
 経営の中心を胡蝶蘭からベビーリーフに移しつ
つあるそう
です。
山荘無量塔のラウンジ。カーネギーホールで使
われていた
スピーカーとか。グールドのゴール
ドベルク変奏曲が流れ
ていました。 
   
 亀の井別荘の蹲(つくばい)  コンビニも周りの色に合わせています。
   


2014年
11月24日
 昨晩は、ゼミのOBOG会でした。いつものお店でワイワイガヤガヤ。二次会もそれぞれ盛り上がったことと
思います。素敵な出会いに感謝。(11月24日FB近況の再掲)


9月3日(水)
 昨日はビボーの北にあるバイオガス・プラント2か所を訪ねました。一か所目は1986年に設立された
Veggerという古いプラントで、付近の乳牛経営の糞尿に加え、10kmほど離れたところにあるAalaという
酪農会社の食品残さを利用してバイオガス発電および熱供給を行っています(写真1)。将来的には
テンサイ、麦わら、商品化されないニンジンなども使う計画です。2001年に新たに造られた5000リューベ
の発酵槽2つと発酵槽兼ガス貯留槽で約600kwhを発電しています。当初は5名の農家で始まりましたが、
現在では15名の農家(うち一名は養豚業)と契約を、まさにその日の晩に結ぶとのことでした。老朽化
した設備の修復、新たな設備の稼働準備もあり、わずか3名で大忙しの様子でした。
 午後、訪ねた農家はユトランド半島の最北部に位置します。途中にはフィヨルドの湖が多数ありました。
養豚業から出る糞尿、付近の食肉処理場から出る廃棄物を利用して2006年からバイオガス発電、
熱供給を行っています(写真2、写真3)。2001年に買ったという風力発電一基も自宅の近くにありました。
経営者の方は58歳(写真2の左)、近くに住む兄弟と二人で協業経営?を行い、お互いに大型機械作業、
バイオガス原料のトラックによる運搬作業などを協力して行っています。畑地300ha(うち200haは借地)で
は穀物、テンサイ25ha(バイオガス用)を生産しています。このあたりで普通の規模とのことでした。
 その後、案内をしてくださったクレガーセンさんの車で250km南下し、オーデンセまで。多少の起伏は
ありますが、平坦な畑や草地が果てしなく広がります。
 最後の写真4は途中で立ち寄ったカフェで売られていた菓子パン、いわゆるデニッシュです。デンマーク
語では形毎に名前があります。そういえばドイツにもKrawatte=ネクタイという菓子パンがありました。
                                        
(9月3日FB近況の再掲)
 写真1 写真2  経営主(左)とグレガーセンさん(右)
 
写真3 写真4 
   
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9月2日(火)
 一昨日8/31夕方、デンマーク、オーフス市に到着。オーフス市は世界の幸福度ランキング最上位の
都市らしいですが、確かに街全体が穏やかで、その前日にいたドイツ、ハンブルクの喧騒とはまるで
違います。それでもデンマークでは首都コペンハーゲンに次ぐ第二の都市とか。
 昨日は、そこから西150kmほど移動し、大西洋に面したMaabjergという所のバイオガスプラントを
訪問しました。写真1のような巨大なfermenter=発酵装置(各8千リューベ)が6基もそびえ立って
います。この施設の構想は10年以上前、2003年にさかのぼり、背景には畜産糞尿の増加、EU指令
による制限がありました。増え続ける畜産糞尿を処理するために考案されたのですが、付近の農家、
住民の同意がなかなか得られず2010年までかかったとのことです。収集の対象は半径15km以内に
いる畜産農家(養豚、乳牛、毛皮用ミンク)約200軒でしたが、現在では150軒だそうです。熱利用、
いわゆるコジェネも行っていて、地域を管轄する二つの自治体による暖房供給とも連携しています。
日本円にして約400億円の投資をし、その一部にはEUのプロジェクト補助金も使われています。
とにかくこれまで視てきたバイオマスプラントとは全く違う、規模の大きさに圧倒されました。
 昨晩泊ったビボー市は、プラントのある所とオーフス市のちょうど中間に位置し、これまた落ち着
いたきれいな街です。街中には中世以来の建物が残っています。回転ずしの店(写真2)を見つけま
したが入りませんでした。 (*^^*)(9月2日FB近況の再掲)
 写真1 写真2
 
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8月30日(土)
 8/27からドイツに来て、昨日は北部のオランダとの国境付近でバイオマス→メタンガスによる発電を
行う農家を訪ねました。ドイツではここ10年あまり飼料用トウモロコシを主原料としてきましたが、様々
な弊害から現在では家畜糞尿、食肉処理場の廃棄物、テンサイなど、他の有機物に転換しつつあり
ます。
 写真1の農家は90年代に2基の風車を導入、畑作420ha、養豚、養鶏に加え、2006年からは1MW規模
のバイオマス発電を手掛けています。若い農家で、手前にいるのは小学生の娘さん。
 写真2はメタンガス車用スタンドです。経営しているのはライファイゼンという、日本の農協のような
団体です。(8月30日FB近況の再掲)

 写真1 写真2
 

8月12日(火)
 先週の道北に続き、今週は十勝を回っています。昨日は鹿追町の農事組合法人を訪ねました。
畑作100haに肉牛約3500頭、家族労働力+従業員15名で作業をこなしています。あと10日もすれば
写真1のような機械を使ってジャガイモの収穫が始まります。今日の午前中は、芽室町のファーマーズ
マーケット愛菜屋に立ち寄りました。お盆休みに来る子供達のための食事、お墓参り、宅急便の発送
など、開店と同時に長蛇の列ができていて、びっくりしました(写真2)。みなさん、我先に新鮮な野菜や
花をカゴ一杯に入れて順番を待っています。お隣のパン屋さんでは、北海道農業研究センターが開発
したキタノカヲリが売られていました(写真3)。午後は中札内村に農家レストランを訪ねました。青空
の下、ヒマワリ(写真4)とともにコスモス(写真5)が風に揺れていて、早くも秋の気配がします。
(8月12日FB近況の再掲)

 
写真2
写真1
 
 
写真3↑
写真4
 
写真5
 

8月5(火)〜7日(木) 
 農林水産省都市農村交流課の調査のため、北海道は旭川に飛び、剣淵町、滝川市、札幌市の
交流活動団体を回りました。3箇所とも若い方が生き生きと働いていました。あいにくの雨ですが、
気温は24度、快適です。(8月6日FB近況の再掲)

 剣淵町の軽トラマルシェ代表の高橋さんの畑では、25種類ものカボチャを作っています。2枚目:インデイゴローズという黒いトマト。赤黒くなったら収穫します。↓ インデイゴローズという黒いトマト。赤黒くなったら収穫します。↓
 
 
滝川市のそらぷちキッズキャンプ内のツリーハウスにて。ステンドグラスが綺麗。↑
 
ツリーハウスの外観。難病の子供たちも楽しいだろうな。↑
食堂の壁には子供たちが描いた絵がたくさん。→   
   ←札幌市で障害者とともに様々な仕事をしているNPO法人。昨年からは石狩市の農地を借りて野菜を作り、カフェで提供する料理にも使っているそうです。

3月20日(木)
 一昨日、昨日と、帯広市役所の方の案内で鹿追町と士幌町のバイオガスプラントを訪ねました。
最初の写真(写真1)は鹿追から士幌に向かう途中で見えた日高山脈、2枚目の(写真2)は鹿追の
プラントで見たドイツ製の液肥(消化液)散布機、3枚目(写真3)は士幌のプラントの発酵槽(日本製)
です。バイオガス発電の背景には、酪農の規模拡大により家畜排泄物の処理、周辺住民の苦情に
困っていたことと、3.11の原発事故があります。国のFIT制度(固定価格買取制度)のおかげで大きな
売電収入が見込めるようになり、今後も基数が増えていく勢いを感じました。ただし、送電の枠が決
まっていてメガソーラーとの取り合いになる場面もあるようです。(3月20日FB近況の再掲)

 写真1 写真2
 
 写真3



2013年
11月23日(土)FB近況の再掲
 
 
恒例のゼミOBOG会。いつもの炙里さんに集まりました。
                               →
 







このあと私は三期生と二次会でした。国産ポーク万歳!
       ↓
 


11月7日(木)
     
  今週月曜日から9日までの予定でドイツに来ています。昼間でも12度程度ですが、晴れ間がのぞきます。現在は南部のフライジングにいますが、昨日までは北部のニーダーザクセン州にいました。畑の背後に見える丘は旧東ドイツです。このあたりの地形はムーアといって酸性の水はけの悪い土壌ですが、テンサイ、小麦、大麦で輪作を行ない、その他に中間作物として、手前に見えるダイコン(すでに花が咲いている)やナタネ、カラシナなどを栽培しています。大根も土壌改良のためというのが日本と違うところです。
(11月7日FB近況の再掲)

3月12日(火)
 昨日、新潟県上越市の桑谷農業振興会を訪ね、中山間直接支払の集落協定についてお話をうかがいました。重倉山から日本海に注ぐ桑取川沿い約20kmの傾斜地が、昭和40年頃から農林省の事業で開田され、そこが集落協定の対象地になっています。写真の奥の方にある小学校
(桑取小学校)は全校生徒9名。この3月末に廃校となり、下流域の小学校に統合されます。今は雪に覆われていますが、早春の芽吹きの頃にはさぞ美しいことでしょう。

(3月13日FB近況の再掲)



2012年
11月23日(金)
 
 今日から生明祭。昨年と同じ遊園近くの居酒屋でゼミのO
BOG会をしました。3〜7期生、総勢36名が大集合。卒業生が元気な顔を見せてくれるのは嬉しいものです。

(11月23日FB近況の再掲)
 
11月10日(土)
  昨日、飯舘村を訪ねました。紅葉がとても綺麗でした。田んぼはでこぼこしていて、夏に刈った草がそのまま置かれています。あと2ヶ月もすれば雪に覆われるのでしょう。
(11月11日FB近況の再掲)

3月17日(土)
 震災から1年が過ぎた頃、再び飯舘村を訪ねました。道ばたや田んぼにはまだだいぶ雪が残って
いました。前回(2011年10月)もお邪魔した同村最北部の佐須(さす)地区で車を降り、農業委員会
の委員長を務める菅野宗夫さんのお宅で宗夫さん、千恵子さんのご夫婦、月に2回、東京から通って
いる「ふくしま再生の会」メンバーの方々から、震災後の生活と農業、農業委員会の主導による自主
的除染計画(冬場に凍結した表土4〜5cmをはがして効率的にセシウムを除去するというもの)、そし
て帰村の見通しについて3時間ほどお話をうかがいました。原発事故後、「計画的避難区域」に指定
された同村の住民の方々は、近隣市町村を中心にそれぞれ避難生活を送っていらっしゃいます。
また、宮城県、千葉県などで営農を続けている人もいます。菅野さんご自身は宮城県の丸森町で土地
を借りて水田、畑作を営んでいるとのことです。「震災から1年が過ぎたが目に見える結果はまだ出て
いない。「標的」に対して怒ってばかりいないで、とにかく一歩進まなければ」という言葉が重く響きまし
た。(4月2日記)

          
震災を生き延びたクーちゃん。猫は他にもたくさんいる。誰もいない時は家を閉め切るので、外で過ごしているという。よほど炬燵が恋しいのか、いくら外に出されてもすぐに戻ってきては暖を取ったり食べ物をねだったりしていた。→


2012年3月6(火)〜7日(水)
 学外の科研費「農村多角化経済活動」を使って、高知県高岡郡四万十町に行ってきました。
同町の「おかみさん市」は1990年代末、旧十和村の農村女性グループが寄り集まって農産物
の「ふるさと便」、高知市内での日曜市での出荷をはじめたことをきっかけに結成されました。
その後、一貫して地域に伝わる食材や料理を広めていく活動を続けています。高知市内の
スーパーでの実演販売(おでかけ台所)などで注目されるようになり、2007年に道の駅しまんと
十和が設置されてからは、同食堂の定休日である水曜日にのみ、メンバーによる手料理のバ
イキングを提供し、ますます評判を呼んでいます。メンバーの高齢化のため、現在は「おでかけ」
スタイルの食材・料理提供よりもバイキングや年に数回の交流イベントに重点を移しているそう
です。2006年3月に十和村、窪川町、大正町が合併して四万十町になってからは、株式会社
化し、ビジネス的な面も要求されるとのことでした。
 水曜日恒例の昼食バイキングは予想以上にすばらしく、全種類のお総菜をいただきました。
高知市内から車で2時間半もかけて来ただけのことはありました。満腹の後、道の駅の支配人の
方から(株)四万十ドラマの商品開発・販売について説明をうかがいました。同社は1994年、当時の
十和村、窪川町、西土佐村(現四万十市)の3町村共同出資による第三セクターとして発足し、
2005年4月からは完全民営化し、現在に至っています。檜、栗、ゆずなど、山村固有の産物を利用
した数々のヒット商品を開発し、年間売上は1億5千万円に上るそうです。商品開発に際して、買い
手として誰を想定するかを明確にすること、パッケージデザインは商品開発の最初の段階から手が
けることなどを強調していらっしゃいました。客の平均単価1000円をはるかに上回る金額の買い物
をして家路につきました。(4月1日記)


←おかみさん市の昼食バイキングは1,000円で食べ放題。とはいえ、これはちょっと盛りすぎ(筆者のトレイは右下です(^^);;)。旬の蕗の薹、菜の花に加え、乾燥タケノコの煮物など、保存食も使っている。最近、加わった若い女性のアイデアでスパゲッティなどの洋食も取り入れるようになったとか。
 
          
          清流四万十川をバックに→


2011年
12月23日(金)
 昨年末のことになりますが、プレゼミメンバーと一緒に町田市の酪農家を訪ねました。
横浜線の相原駅からバスと徒歩で約30分。ジェラートアイスの直売店Latteは、東京
家政大学やゴルフ場もある閑静な住宅街です。現経営主の北島隆さんは、Latteから
少し離れた所にある牧場(相模原市)でホルシュタイン約90頭(成牛54頭、育成牛38頭)
を飼養しています。生乳での出荷が7割、Latteでの直売や宅配が3割だそうです。生乳
の出荷先の半分は自前の会社「ぴゅあ」、残り半分は協同乳業です。
 北島さんのお祖父さんがこの地で酪農を始めたのは昭和17年のこと。高度成長期の
昭和30年代には数軒の酪農家で組合を結成し、東京オリンピックの選手村にも牛乳を
提供していたとか。その後、都市化が急速に進み、酪農をめぐる情勢も大きく変わりまし
た。現在、配合飼料も乾草も外国産、雌しか生まれないようにする受精卵移植技術の採用、
生後10ヶ月から妊娠まで北海道の牧場に預託するなど、様々な創意工夫に励んでいらっ
しゃいます。「牛乳1リットルを作るのに血液が200リットル要る。だから牛乳を飲んだみな
さんの身体の中で牛がまだ生きているんです」というお話が印象的でした。首都圏の、それ
も生田から近いところで思いがけず最先端の酪農経営の一端に触れることができました。
                                          (2012年3月5日記)

 北島牧場の牛舎。以前はLatteの近くにあったが、宅地化が進んできたことと、増頭して手狭になったことから、10年ほど前、こちらに移転した。→  

10月2日(日)
 農学科の調査チーム(代表:登尾浩助先生)に混ざって福島県相馬郡飯舘村を訪ねる機会
がありました。飯舘村までは福島市からレンタカーに乗り1時間ほど。近づくにつれてポケット線
量計の数値がどんどん高くなっていきます。佐須という村北部の地点でいったん車を降りました。
セシウムの分子は粘土に付着する性質があるため、泥がたまったところでとくに高い数値を
示します。地上1mほどのところではもちろんのこと、地面の上でも砂地やアスファルトの上では
ずっと低い数値でした。
 溝口勝先生らが佐須の付近で農地情報測定器を設置している間、私たちは浪江町の最北
部、「ここから先は通行禁止」の看板のある所まで行ってみました。道路の際の放射性物質が
たまっているところでは、飯舘村よりさらに高い数値を示していました。どうやら先日の台風15
号で山の上の方にあったセシウムが下まで流れてきてたまっていたようです。
 田んぼには草が生い茂っていますが、ところどころ、とくに村役場の近くではトラクターや
手動の草刈り機で草刈りをいていました。農家の女性とおぼしき方に尋ねたところ、「役場
の指示で刈っている」とのことです。10月5日付の朝日新聞記事によると、草刈りの目的は
防火と除染です。刈り取った草はそのままにしてあります。その方は隣の原町(現南相馬市)
に移住し、週末だけ家を開けにきたり、草取りをしにきたりしているそうです。村民の方々の
「絶対に戻る」という意気込みを感じました。そして、ドイツほどの即断はできないかもしれない
けれども、日本でもいずれは原発をなくさなければならないと切に思いました。(10月9日記)。

←草刈りをしている女性からお話をうかがう。我々が防護服に身を包んでいるのに対し、現地の方はこのように普段通りの格好をしている。マスクは「粉塵よけのため」、日々の線量は「ニュースで知る程度」とのことだった。 

9月4(日)〜9日(金)
 科研費を使ってドイツの現地調査に行っていました。ドイツは2007年3月以来です。
北ドイツのブラウンシュヴァイクの研究所を拠点にゲッテインゲン郊外のバイオマス
プラントを2か所、後半も南ドイツのフライジング周辺で農家が副業で経営するバイ
オガスプラントを訪ねる機会がありました。ご存じのようにドイツ連邦政府は福島原発
事故のあと、2020年までに原発をすべて廃止することを決定しました。また、バイオマ
スによる電気は、再生可能エネルギー法の下で、電力会社が化石燃料や原子力によ
る電気より高く買い取るよう義務付けられています。主な原料は飼料用トウモロコシです
が、家畜糞尿を混ぜればより高く買い取るなどの「ボーナス」が設けられています。農家
が市場動向に左右される飼料作物価格よりも確実な買い取り価格になびくのは当然と
いえば当然なのでしょう。そのこともあって、草地がトウモロコシ畑に転換されているとの
ことです。場所によっては「林立」する感もある風力発電装置を相まって、農村景観が
急激に変わりつつあるようです。 (10月2日記) 

←ドイツ北部、Kreweckのバイオマスプラントとマネージャー。このコンテナに原料となる飼料用トウモロコシが毎日、投入され、横に見えるコンベアを通じて後方の発酵タンクに運ばれている。 
Kreweckに行く途中にある風力発電装置。このような装置も企業のほか、農家の組合(Genossenschaft)が運営している場合がある。→











6月24日(金)
 梅雨の最中、紫陽花が見頃になりました。前期の金曜日は、2限に1年生の基礎ゼミ、
4限に学部の講義「環境社会学」があり、バタバタとしています。今年の基礎ゼミでは
生源寺先生の『農業がわかると、社会のしくみが見えてくる 高校生からの食と農の経済学
入門
』を使っています。食料自給率、先進国と途上国、農業と工業などについて、それこそ
高校生に語りかけるように平易にく書かれていますが、何せ内容が豊富なので、大学1年生
でもちょっと理解が追いつかないところもあったりします。震災後の状況の中で、再生可能
エネルギーをどう実用化、普及するかなどのテーマにも及びます。「スーパーで外国産か国産か
気にするようになった」、「ご飯を多めに食べるようになった」などの声を聞くと、この授業の
意味もあるのかなと思っています。
  ゼミのあと、男子2名、女子1名がmy 弁当を披露してくれました。M君は、夕べ、バイト帰り
で遅かったにもかかわらず作ったという肉じゃが、カニかまぼこ入りの卵焼き、ハンバーグ、
白いご飯を添えた凝ったお弁当を持参、Y君は豪快に野菜たっぷりの焼きうどん、Nさんは卵
焼き、エビのケチャップ煮、きんぴらごぼう、ご飯にふりかけなど、これまた見た目も可愛らしい
お弁当を持ってきました。どれも美味しかった〜。いやいや、自分の弁当(ロールキャベツと
茹でアスパラ、いずれも残りおかず)が見劣りしちゃいましたね・・・。次回は是非、「真剣勝負」
したいものです。弁当男子、弁当女子諸君、君たちの未来は明るい!(6月27日記)

3月8日(火)〜25日(金)
 3月11日の東北関東大震災により被災された方々および被災地の方々にお見舞い
申し上げるとともに、一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。
                       ***
 地震の時、私は4階の研究室にいて、いつもとは違う揺れの大きさと長さを感じ、すぐ横の
非常階段の所に避難しました。大きな揺れが治まってから戻ると、本棚の書類、本がほとん
ど落下していて足の踏み場もない状態でした。電車も不通になったので1時間半ほどかけて
歩いて帰宅しました。卒業式、入学式は中止、新学期も連休明けからと、異例ずくめです。
現在なお、余震、福島原発事故、スーパーでの品物不足と、落ち着きませんが、この事実の
重さを噛みしめつつ、徐々に通常の生活を取り戻していきたいと思っています。 
                       ***
 奇しくも地震を挟むことになりましたが、この間、農林水産省の中山間地域等直接支払の
実態を調べるため、M1の瀬戸君も一緒に現地を訪ねる機会がありました。
 ご存じのように、この政策は2000年に開始し、2011年度から三期目に入っています。これ
まで全国で約3万集落の農業経営、集落の共同活動に対する金銭的な支援にとどまらず、
農地の多面的機能の活用を通じた都市農村交流活動などに発展している所もあり、一定の
効果を挙げています。けれども、当初の単価設定において畑作に比べ、水田が偏重され
(水田10a当たり最高21,000円に対し、畑作は11,500円)、そのため畑作地域の高齢化、
耕作放棄が水田地域以上に進んでいるとも言われています。
 今回、農水省の委託を受けたNTCコンサルタントが、水田作と畑作の両方があり、かつ
第一期から継続して集落協定を行っている全国10地区を選定し、行政担当者および
協定代表者から聴き取りを行う調査を企画されたので、よい機会だと思って参加すること
にしました。
  3月8日(火)は、三春駒や滝桜で知られる福島県田村郡三春町の役場を訪問し、役場
の中山間地域政策担当者2名、2集落(北成田、斉藤)それぞれの代表者2名の方々から、
これまでの活動の概要、単価設定に対する意見をうかがいました。同町では、現在、26集
落で協定が締結、実施されていて、第一期開始時に比べ集落数、参加人数、対象面積いず
れも増えています。養蚕の衰退により放棄されていた桑畑を60haほど解消して草地にし、
一部では羊を飼っています。また、草刈りや溝さらえには非農業者も参加していて、水田、
畑作、農家、非農家を問わず、集落全体で農地の有効活用を行っていこうという意気込み
を感じました。調査でお会いした方々を含め三春のみなさまには、地震の被害はもちろんの
こと、原発周辺地からの避難者の受け入れや作付け制限もあり、心配事が絶えないことと
思います。重ねてお見舞い申し上げます。

 3月16日(水)は佐賀県唐津市を訪ねました。同じように市役所の中山間地域政策担当者
2名、2集落(重河内、湊)それぞれの代表者2名の方々から聴き取りをしました。同市では
現在、105集落で協定が実施されています。交付金の配分割合は、個人6、集落4であり、
旧唐津市内にある両集落では、合併された郡部よりも個人配分割合が高い傾向にありま
す。しかしその個人配分の分も、重河内集落の場合は1990年代前半に行われた傾斜地
水田での潅漑事業(県単独事業)に伴う負担金、水路管理費で相殺されています。また、
湊集落の場合も水引き代(水路管理費、10a当たり1万5千円)等に費やしているとのこと
です。集落配分の分は、両集落とも鳥獣害対策のためのワイヤメッシュ設置費用に充て
ていました。ここ数年、イノシシが家畜のブタと自然交配することによって繁殖力を伸ばし、
被害が続出していることから、鳥獣害対策費用が嵩む一方だそうです。地震復興のための
財政逼迫はわかるけれども、交付金がないと高齢化、労力不足にますます拍車がかかり、
農業を続けられないだろうとのことでした。

←唐津市重川内集落の水田
  傾斜度は1/10〜1/5と、かなりの急  傾斜である。このようにほ場整備され た所では、区画が大きくなって稲作の 作業が楽になる一方で、法面も広がる ために、草刈りに手間取るという問題 が生じている。傾斜地に踏ん張って、 草刈りのための刈払い機を操作する  のは難しく、危険な作業である。

  翌17日(木)は、羽田から青森空港に飛んで青森市旧浪岡町を訪ねました。内陸部のため
損壊は見あたりませんが、ガソリン不足のため車も少なく静かでした。午後から浪岡事務所
にて、担当者1名、2集落(本郷A、細野)それぞれの代表者1名の方々からお話をうかがい
ました。青森市全体で21集落が協定を実施し、交付金の個人と集落の配分割合は5対5です。
第二期から第三期にかけて集落協定を締結しなかった集落がいくつかありますが、その理由
を尋ねると、代表が高齢のため引退し、それを継ぐ若い層が出てこないのだそうです。本郷A
集落では緩傾斜の33haの樹園地(りんご)を対象とし、集落配分の交付金を使って農道・法面
の草刈りや水路掃除の日当のほか、樹園地の地力保持のための稲藁堆肥を購入しています。
潅漑施設の更新のための経費を交付金で充当したいという要望もありました。もう一つの細野
集落では、緩傾斜の水田16haを対象とし、稲藁堆肥を作るためのロールべーラーを共同で購
入しています。代表の方はいずれも、さらなる高齢化を案じ、戸別所得補償を含めた直接支払
い全体の増額を希望していらっしゃいました。同地では地震の直後からほぼ丸一日、停電に
見舞われました。停電前に「たまたま出来上がっていた」というリンゴジュースを美味しくいただ
き、午後から降りしきってきた吹雪の中、青森空港を後にしました。
 その1週間後、3月25日(金)は、石川県河北郡津幡町を訪ねました。津幡町は金沢市から
電車で約30分の距離にあり、駅前から役場までの間は宅地化が進み、新築の家々が目立ち
ます。同じように中山間地域政策担当者1名、興津地区代表者2名、笠池ヶ原地区代表者1名
の方々からお話をうかがいました。同町の締結集落数31であり、個人と集落の交付金の配分
割合は5対5です。両集落とも津幡町役場より10kmほど山間に入った所にあり、1/20以上の急
傾斜の水田がほとんどを占めています。平成7〜10(1995〜98)年度のUR合意国内対策に伴う
圃場整備事業により区画が拡大し、作業効率は向上したものの、法面も拡大したため、傾斜地
での除草作業が危険かつ重労働になりました。両集落とも集落協定のメンバーが営農組合と
個人農家から構成されています。そして、集落に配分した交付金を営農組合の運営費(機械
購入費・修理費、水路・ため池補修費など)に充てています。この11年間、5年毎の切り替え時
に際し、隣接の集落と離合集散しているケースがありました。水路のパイプライン化がなされて
いない隣の集落が、水路掃除等の作業に手間取ることから援助(集落合同の協定締結)を頼ん
できたというケースもありました。
 4つの市町村を訪ねて、中山間直接支払いという、限られた政策の調査ではありましたが、
どこでも高齢化の問題が大きいこと、圃場整備が必ずしも作業の軽減につながっていないこと、
むら(集落)の中、あるいはむら同士の関係を垣間見ることができました。そして代表の方々の
お話から「どうにかして故郷の農地を守っていきたい」という切実な思いをひしひしと感じました。
(4月3日記)

2月18(金)〜19日(土)
  学外の科研費「農村多角化経済活動」現地検討会のため、和歌山県田辺市の秋津野
ガルテンに行ってきました。秋津野ガルテンは、上秋津地区の有志団体が運営している
交流・宿泊施設で、2008年11月に開業しました。女性たちが地元の食材を使ってランチ
バイキングを提供しているレストラン「みかん畑」、菓子工房「バレンシア畑」とともに、地域
内外を問わず、毎日大勢の客が訪れ、賑わっています。3年前、学科の科研「食と農をめ
ぐるコミュニテイ・ビジネス」で訪ねたときには、「ガルテン」は準備中であり、また、あまり
にも慌ただしい滞在でした。今回、当時もお会いした3人のリーダーの方々のお話をじっくり
とうかがい、あらためて国や自治体の補助に頼らないで夢を貫こうとする強い意志、コミュニ
テイ・ビジネスの「身の丈に合った」堅実な計画策定、ネットワークづくりの巧みさに感心いた
しました。生産の中心はあくまでも梅と柑橘類であり、とくに梅は全国の半分以上のシェアを
誇っていますが、それに甘んじることなく、先を見据えて新しい物事に挑戦する姿勢には学ぶ
べきものが多々あります。2日目は近くにある直売所「きてら」に寄り、隣のコーヒー店「きこら」
でウガンダ産の美味しいコーヒーをいただきました。「みかん畑」でのバイキングは、あまりの
繁盛のため食べ損ねてしまいました(残念)。それも次回、お邪魔するためのいい「口実」に
なるかもしれません。(2月24日記)


交流や体験教室に用いられている旧上秋津小学校
の校舎



2010年
3月3(水)〜4日(木)
 科研費「食と農をめぐるコミュニテイ・ビジネス」調査のため、福井県坂井市三国町を
訪ねました。NPO法人「田舎のヒロインわくわくネットワーク」で全国的に知られる山崎
洋子さん、夫君の山崎一之さんの経営や地域での活動を目の当たりにし、その幅広さ、
多彩さに驚きました。ご夫妻は非農家出身、しかも一之さんは茅ヶ崎市、洋子さんは
同じ福井県ながらも小松市出身と、新規就農者かつ新参者です。約40年前にまずは
一之さんが三国町の陣ヶ岡という戦後開拓地に居を構え、やがて二人で肉牛や鶏の
飼育、田んぼや畑を手がけてきました。現在ではジャージー牛、肉牛、鶏などを飼育し、
田んぼや裏山では農業体験の場を提供し、さらに街中ではジェラートや洋菓子製造販
売を手掛けていらっしゃいます。
 何よりも印象的だったのは、お二人がこれらの多彩な活動を楽しんでいらっしゃる
ことです。「傍目には頑張っているように見えないらしいんですけど、実は頑張っているん
ですよ!」とのこと。それはそうなのでしょう。地元の有志で運営している豆腐料理店
「きっちょんどん」でお昼を、牧場のジャージー牛の牛乳を原料にしたジェラートを美味
しくいただき、帰途につきました。

おけら牧場のジャージー牛。配合飼料は
与えていない。

2009年
12月23日(水)
 後期月曜日3限の「海外の食と環境C:ヨーロッパ地域」では、主に現地調査で仕入れ
たネタを使って話をしています。とはいえ、やはり映像の力に頼りたい部分もありまして
・・・。12月に入ってから、ヘルマ・サンダース=ブラームス監督の『林檎の木』(1992年)
を2回に分けて上映しました。89年11月のベルリンの壁崩前後の状況、とくに旧東ドイツ
の農村の人々が時代の流れに翻弄される姿がよく描かれています。主人公レーナやその
仲間にとって愛着のあるリンゴ園も、市場原理やEUの品質基準のもとでは無価値同然と
なり、(統一前はLPGの組合長だった)地主の一存でレジャー開発のために売却されてしまう、
という物語です。冒頭で引用されるマルテイン・ルターの「たとえ明日、世界が終末をむかえ
ても、今日、わたしは林檎の木を植えるだろう」という言葉や、リンゴの実を輪切りにすると
現れる星形を指して「人間の頭と両腕、両脚である」と説くレーナの祖母の言葉を通じて、
ドイツ人のリンゴに対する特別な思いが伝わってきます。LPG(農業生産協同組合=旧東独
時代の集団農場)のパーテイーで馬鹿騒ぎしたりソーセージの山に食らいついたりする党
幹部の姿は、まさに権力の腐敗であり、その約10年後に起こる「壁の崩壊」を予兆させま
す。

11月27日(金)
 実に8ヶ月ぶりの更新です。今年度はカリキュラムの改訂もあって前年度以上に
講義(とくに環境社会学関係)の準備に追われています。
 4月から8月まで中山間地域総合対策の検討委員会に参加していたこともあり、
NOSAI11月号に下記のようなものを執筆する機会がありました。
「中山間地域等直接支払の課題と展望」 
 前年度に続き、耕作放棄地解消事例調査のため、今週火曜(11/24)は愛知県
新城市旧作手(つくで)村を訪ねました。事例の区画(約0.6ha)は標高500〜550m
にあります。所有者が高齢のため市街地に転出したことから、3年間ほど放棄状態になって
いたところ、地元の大豆を使った豆腐や味噌の販売を手がけている(有)つくで手作りむら
社長である鈴木氏が市の仲介により借り受け、近くの専業農家4名の力を借りて大豆を
作っています。ちょうど最後の収穫を終えたところでした。湿田のため、トリカル管暗渠、
有孔管暗渠などの特殊な設備を用いて水はけをよくし、同時に、イノシシとシカの害を防ぐ
ために5〜6段の電柵を張り巡らしています。作手産の大豆は収量が低く、見た目も今
ひとつなので、市場価格は低いけれども、加工するととても美味しいとのこと。味噌も豆腐も
道の駅で売っています。残念ながら、午後の遅い時間帯だったために、豆腐も味噌も売り
切れでした。
 来週火曜(12/1)は長野県上田市を訪ねる予定です。
 

3月10日(火)
  先週末は科研「コミュニテイ・ビジネス」の一環で湯布院町の調査に出かけました。湯布院は同じ大分県の別府と異なり、団体客より少人数客、男性より女性をターゲットに発展してきた温泉町です。その背景には、もともと小規模な旅館ばかりだったことから高度成長期以降のマス・ツーリズムの流れに乗りきれなかったということもありますが、直接の契機は1971年のドイツ視察、農家民宿に泊まったことでした。2005年の町村合併により、現在は由布市の一部になり、また、観光客数の増加とともにそうした独特の観光コンセプトが維持しづらくなってきているのではないかという予想をたてていましたが、見事に外れました。女性起業フローラハウス(胡蝶蘭栽培と民宿)の安藤さん、その後継者の清水さんにせよ、観光事務所の米田さんにせよ、常に新しいことを考え、次々と実行に移しています。建物の高さ規制、景観の調和に始まり、全体にセンスがよく、いままでに訪れた温泉町とはかなり異なる印象を受けました。

ゆふいんフローラハウスの温室
                                                            
1月31日(土)
 今年もはや一ヶ月が過ぎました。今週は耕作放棄地解消事例の調査のために埼玉県上尾市,
福島県喜多方市を訪ねました。
 1月26日(月),上尾市役所の1階でまずは一期生の「公務員」ことI君を表敬訪問し,5階の農業
委員会で一通り説明を受け,その後,潟iガホリの永堀さんを訪ねました。同市の耕作放棄は,
急激な都市化と農地基盤整備の不十分さ,さらに相続時の分割,不在地主の増加と,都市近郊
ならではの経過をたどっています。永堀さんは農家の長男に生まれ,就農当初はキャベツ,トウ
モロコシなどを作っていたのですが,市場で評価されないことから,小松菜に転換。その後,遊休
農地を次々と借り受け,現在では約40haに利用権を設定し,正社員7名,パート100名余の体制で
小松菜を周年栽培しています。農地によっては雑草,雑木の繁茂はもとより,都心の工事現場から
運ばれてきた残土が不法投棄されていて,電信柱や便器まで「出土」するとのこと。建設業者の兄
弟が重機を提供してくれるという好条件があるとはいえ,その復元には半年以上もかかります。見
せていただいた荒川支流沿いの土地(写真)はもともと水田だったのですが,たびたび水害に見舞
われ,20年以上も放棄されていました。ここでは残土処理需要を逆手にとり,生い茂った雑草の上
に1m以上の残土をかぶせ,今年の夏にはようやく播種可能とのことです。

 29日(木)に訪ねた喜多方市では,昭和40年代に始まる国営農地整備事業が背景に
あります。当初は水田,減反開始後は畑として大々的に造成された農地が担い手の減少,
高齢化により放棄されていたのですが,2003年の構造改革特区(特定法人の農業参入)
指定により約60haの放棄地を地元の建設業8社が借り受け(ただし市役所が間に入る),
野菜やソバを作っています。お話をうかがった(有)大建工業の遠藤さんは約6haに夏は
アスパラガス,冬はタラの芽を栽培し,主にJA経由で市場出荷しています。復元までの
初期投資8千万円に不況が追い打ちをかけ,本業ともども経営は苦しいけれども「農業は
自分が手がけた分だけ応えてくれる産業だと思っている。始めたからには後進のためにも
諦めない」と力強くおっしゃっていました。
 一口に耕作放棄と言ってもその要因や経緯は多様であり,それゆえ解消方法も多様なの
ですが,共通するのは「何とかしなければ」という危機感や使命感をもつ人の存在なのかも
しれません。

2008年
7月8(火)〜11日(金)
 IRSA(世界農村社会学会)の第12回大会参加のためソウル市郊外の高陽市に行って
いました。報告したセッションは農村女性に関するもので,そのセッションのみ韓国の
農村振興庁の支援を受け,課長さんや農村女性グループ(生活改善グループ)リーダー
の挨拶があったりして,さながら韓日友好親善会議でした。家族経営協定など,女性の
役割を正当に評価しようという動きもあるとはいえ,その一方で若者の農業・農村離れ
は日本以上に深刻のようです。

3月30日(日)
 先月と今月は前の職場(農林水産省)に由来する仕事にも費やしました。
農村振興関係は女性が少なく,男女共同参画がらみでお声がかかりやすく
なっているのでしょう。委員会や研究会の度に事務局が用意する膨大な資料,とくに
データの部分は講義ノート作成の際に助かっています。けれども説明部分は各方面に
配慮してか微妙な書き方になっているので,すっと頭に入ってこないことが少なか
らずあります。ちょっとした違和感が議論の糸口になることもあります。発言に際し
ては,議論の流れ,場の雰囲気,タイミングを的確につかみ,それから自分の役柄も
多少は意識して,できるだけ生産的な方向に持っていくようにしなければなりません。
頭ではわかっていても,その種の身体技法をまだ習得していないのでなかなか難しい
です。



2007年
12月17(月)〜18日(火)
 昨年度に続き,農村振興局の委託調査(農業農村整備と地域経済の振興に関する
検討調査)のために京都府綾部市を訪ねました。京都駅からJR山陰本線で綾部駅まで,
さらにつづら折りの山道を車で走ること約30分,山間の老富会館(集会所)で「水源の
里」の役員の方々からお話をうかがいました。高度成長期以降,それまでの水稲+
養蚕+山仕事が消滅の一途をたどり,若者が都会に流出したこと,65歳以上人口が
半数以上を占め,空屋が増え続ける限界集落で,積雪も多いなど,厳しい現実が語
られました。そうした中,同市は四方(しかた)市長のリーダーシップもあって
「全国水源の里連絡協議会」を通じて,全国の似たような状況にある山村とネット
ワークを結び,山村が日本に残り続ける意義を訴えています。役員の人たちの話で
印象的だったのは「正月休みで都会から来た孫から「おじいちゃん,携帯電話が
通じないよ」と言われるのがつらい。将来,村に帰ってきてもらうためにも何と
かしてほしい」の一言です。都会と全く同じ生活は望めべくもないし,山村のよさ
が失われてしまいますが,たとえば急病人が出た場合,どうすればよいのか,
雪交じりの風の中,心細ささえ覚えました。(2008年1月11日記) 

11月16日(金)
 プレゼミ生10名+4年ゼミ生1名,総勢12名でアグリス成城を訪ねました。
「話し声で近隣住民に迷惑をかけないために」2班に分かれ,園内を案内して
いただきながら説明をうかがいました。アグリス成城というのは小田急線成城学園前駅の
すぐ近くにある,小田急電鉄の経営による貸し農園です。今年5月に開業して以来,新
聞などで取り上げられているのをご覧になった方もいるかと思います。きっかけは平成
14(2002)年の小田急線複々線化と地下化でした。空いた土地を駐輪場として利用しても
まだ余る空間をどうするかというときに検討の結果,緑化して野菜作りに興味のある
人たちに貸し出すことになったのだそうです。下が線路のため,建物は一切建てられ
ないのでそれ以外の選択肢としてはコンクリート化しかありませんでした。土の厚さは
40cm,1平米あたりの加重は500kgに限られ,それゆえ軽石に普通の土が
少量混ざったようなものしか利用できません。1区画(2m×3m)の利用料は
年間13万円,300区画のうち契約済みは100区画です。とくに喜多見寄りの
West Gardenの方で空きが目立っていました。要するに制度上も実態も市民農園で
はなく屋上庭園であり,一民間企業の社会的貢献なのだな,と理解した次第です。

8月17日(金)
 農村調査実習から帰京後,先週はジャスコ館山店と旧三芳村の農家を取材し
ました。大型店舗の進出が地方都市や周辺農村,とくに地元商店,住民の
買い物行動,生活スタイルにどのような影響を及ぼしているのか。ジャスコ
が今年5月の新装オープン後,中心商店街のテナントを併設して共存を図って
いること,地元のスーパー同士の競争が熾烈になっていること,農業構造
改善(水田の基盤整備)が結果的に兼業化や高齢化をもたらしたことなどは
わかりましたが,「ファスト風土化」によるアノミー的状況があるかといえば
・・・なかなか難しいですね。一回限りの短期調査では到底,析出できません。
館山から白浜,千倉,和田港へと抜ける国道410号線沿いに,つげ義春の
「N浦」に出てくるような鄙びた民宿や商店街,昭和30〜40年代に建て
られたであろう一部,老朽化している大型宿泊施設,さらにバブル経済期
以降にできたテーマパーク型施設が無秩序に現れるのが印象的でした。

5月28日(月) 
 今週いっぱい麻疹休講ですが,何か普通に来ている学生さんもいますねー。
 昨日は2年ぶりに三芳村(現南房総市)の田植えに行ってきました。三芳自然塾
という,農地を借りて農的生活をめざす人たちの集団の借りている7畝(約7a)
ほどの田んぼです。昨年から,「藁一本の革命」の福岡正信氏が広めている不耕
起栽培にしているせいで土がとても固く,雑草や切り株もたくさんありました。
農薬,化学肥料を全く使わず,反収に換算すると5俵程度とのこと。それでも
自然塾の1年間の訪問客(300名程度)+管理人(常時1名)のご飯をまかな
えるのですから大したものです。田んぼの脇には早くも紫陽花が咲いていました。
 のどかな農村ですが,10kmほど離れた所にあるJR館山駅付近はロード
サイドショップだらけで,24時間営業(今年5月からは22時まで。8/17訂正)の
巨大なジャスコもあって,まさに「ファスト風土」です。南房総市と館山市を合わせて
10万ちょっとの人口規模で,実際,どの程度の需要があるのか,深夜営業までする
必要性があるのか,知りたいところです。
→海老敷田んぼでの田植えと代掻きの様子。

4月14日(土) 3月末は農業経済学会大会(沖縄)、先週は御年
91才になるテオドア・ベルクマン教授の来日歓迎会(東京)、そして
新年度が始まりました。ソメイヨシノはすでに葉桜となり、図書館前
の八重桜も色鮮やかに咲いています。例年のごとく、しばらくは「春眠
暁を覚えず」の逆の状態が続きそうですが、17日間一睡もしていないと
いう村上春樹「眠り」の主人公ほどではないと思い、適当にやり過ごし
ています。とにかく、昨年度よりはましな授業がしたいと思う今日この
頃です。

3月11(日)〜19日(月)
 農産物直売についての国際比較研究(代表者:千葉大園芸学部の櫻井清一
助教授)のために,ドイツに行っていました。ノルトライン・ウェスト
ファーレン州(ルール工業地帯がある州です),ヘッセン州(フランクフルト
空港がある州),そしてバーデン・ヴュルテンベルク州と,ほぼライン川に沿って
南下し,午前中は州政府その他からの聴き取り,午後は直売施設や直売
農家訪問と,中身の濃いスケジュールでした。     
 直売をしている農家は何軒くらいあるのか,その手の公式統計はドイツにも
ありません。3日目に訪ねた連邦農業省の担当者によれば「農家全体の
1割程度だろう」とのことでしたが,たとえば隣の家に卵を数個売っている
程度のものまで含むべきかどうかなど,直売農家(または経営)の定義すら
はっきりしていないのが現状です。
 直売の手段として最も多いのは農家の店舗,それからヨーロッパを旅行する
とよく見かける定期市,そのほかに最近ではスーパーの直売コーナー,宅配も
伸びてきています。
 農家店舗(Hofladen)では,納屋などを改造して自家産の野菜,卵,加工品
(ジャム,ジュース,チーズ,シュナプスという蒸留酒など)に加え,他の
直売農家から買ったもの,食品以外の日用品も置いてあるのが普通です。
日本の農家の庭先販売よりも,よろず屋,パパママストア(Tante Emma 
Laden)に近いです。田舎にコンビニがないことにもよるのでしょう。
近年の傾向として,売り場のデザイン,サービス内容,付帯設備(レストラン,
カフェ)など,全体に店舗の高度化,プロ化(Professionellisierung)が進んで
いて,昔ながらの手作りの棚に野菜を並べただけのような素朴なスタイルでは
とても生き残れないようです。
 定期市は街の中心部の教会前広場(Marktplatz)で曜日毎に開催されています。
とくに盛んなのは土曜日と水曜日です。今回の調査で初めてわかったのですが,
定期市を取り仕切っているのは市町村であり,出店を希望する農家はまず役場
に出向いて許可をもらい,ショバ代(GebuehrとかBeitragとか)を払います。
ショバ代は店の長さに応じて決まりますが,たとえばフライブルク市のミュン
スター市場ですと最長6mというように制限が設けられています。歴史がある市場
ほど,一度許可されるとなかなかその権利を手放さない傾向があり,ミュンスタ
ー市場でも順番待ち状態が続いているとのことでした。
 ヘッセン州のLichという町では,スーパーチェーンの一つREWEの店舗を訪ねま
した。1週間ほど前に近所の農家が持ち込んだ野菜やソーセージなどを売る直売
コーナーができたばかりでした。店長曰く「南アフリカ産のイチゴよりも,近所
の農家が作ったイチゴの方が新鮮で栄養価も高く,輸送コストが安い。消費者も
それを望んでいます」。まさにフードマイレージですね。日本の地産地消,
韓国の身土不二の考え方とも重なります。
  現地ではFAL(連邦農業研究所)のFrau Andrea Pufahlとその同僚の方々,
FiBL(スイスにある有機農業研究所)のFrau Jennifer Jaeckel,客員研究員の
大山利男氏に大変お世話になりました。そして政策研の高橋克也氏には,悪質
ナビ(私のことです・・・)にもかかわらず5日間で1300kmを無事走破していただき,
お疲れさまでしたm(_ _)m。   (3月31日(土)記)
→フライブルク市で訪ねたシュヴァルツ家の店舗。一昨年,このように
改装した。


3月3日(土)
 「先生たちって夏休みとか何してるんですか?」と聞かれることがあります。
確かに授業もゼミもないし,学生の人たちにはよくわからないでしょうね。
この春休みは入学試験,それに関連して開かれる教授会,その他諸々の用事で
結構,大学に来ています。昨年の夏休みもなんだかんだで結構来ていましたね。
休み中に集中しやすいのは原稿書きです(「HPを書いている暇があるのなら,
さっさと原稿を書きなさい」と言われそうですが・・・)。あとは,来年度の
授業やゼミに備えて新しいネタを収集したいところです。


2月8(木)〜9日(金)
 さいたま市,大宮駅前のソニックプラザにて,(社)家の光協会という農協系の
団体の大会に初めて審査員として参加しました。全国のJA女性部やJAの活動に
ついて,とくに雑誌「家の光」の記事を使っていかに地域に波及効果を与えてい
るか,が評価のポイントになります。大会一日目は各都道府県代表の発表と選抜,
二日目は最優秀賞の決定と,とても大がかりなものです。パワーポイントを使い
こなす報告者もさることながら,そろいのハッピに身をつつんだ応援団も大勢
いて,女性部のパワーには圧倒されます。昭和20〜30年代の生活改善実行
グループは,鶏を飼って卵を売って台所改善の費用にあて,食生活や栄養の
改善に励む,というように,一つの活動をいくつもの活動に発展させていき
ましたが,中身が違うとはいえ,それは現在の女性グループにも共通するの
だとあらためて思います。昔話の読み聞かせ,古布,古紙のリサイクル,介
護ヘルパーなど,非農家の女性や住民をまきこんでいる活動事例も少なから
ずあり,印象的でした。(3月3日(土)記)


2006年
12月25(月)〜26日(火)
 暮れも押し迫る中,農村振興局の委託調査で今度は西に飛びました。島根県江津市
旧桜江町です。前期の地域計画論Tでは少し紹介しましたが,同市は「暴れ川」とよばれた
江ノ川(ごうのかわ)沿いにあり,かつては林業や養蚕で栄えたものの,高度成長期以降は
過疎化,高齢化が続いています。その中にあって旧桜江町では,桑茶(血圧降下作用が
あるとか),空屋斡旋,土建業者による耕作放棄地利用(青汁メーカーとの契約により若麦
を生産)など,元気なIターン者と地元の人たちのタイアップが実を結び,都会からの流入が
人口減少を食い止めています。こういう所が少しでも増えれば日本の農村も明るくなるのでは,
と思いました。
 それはさておき,柳田国男がムギ(麦)の青,ナノハナ(菜花)の黄、レンゲソウ(紫雲英) の
紅紫を,近代農業の作物選択が生みだした田園の新しい光景,すなわち農村風景として
「発見」したように(佐藤健二著『風景の生産・風景の解放』第4章より),現代の
ニッチ・マーケット志向の作目選択が作り出すパッチワークのような風景も,
新しい農村風景として「発見」すべきものなのかもしれません。
(2007年1月29日(月)記)

11月24日(金) 栃木県下野市の国分寺町生活改善クラブ協議会の皆さんを,
約4年半ぶりに訪ねました。県庁の方々にもお世話になりました。同グループは手作
りの「銭石饅頭」だけで年間1000万円も売り上げています。けれども,今回,リーダー
の方々のお話をうかがって,お金の面もさることながら,「自分たちの活動が多くの人
たちに知られること」や「地域で必要とされているという実感がわくこと」の方がはるかに
大事であるように思いました。social capitalの本質は,そのあたりにあるのかもしれ
ません。

11月7日(火) 農村振興局の委託調査で群馬県富岡市を訪ねました。同市では,
NPO法人「荒船の里 グリーン・ツーリズム協会」が都会から定住または2地域居住
を希望している人と地元との間の仲介をしています。その「荒船の里」を通じて,
かつては桑畑だった耕作放棄地にしゃれたログハウスを建てて暮らし始めたばかりの
方にお会いしました。面積は300坪,地代は年間7万円とのこと。お宅の後に控える
妙義山が昔住んでいたアメリカの風景を彷彿させることから決意されたとか。
Iターンの背景には様々な物語があるものです。

10月は,長野県飯田市,大分県安心院町(現宇佐市)という,
グリーン・ツーリズムの二大聖地(?)を訪ねる機会がありました。泊めて
いただいた農家の皆さんの心づくしや,身近な素材をうまく使いこなす料理の
技に感心いたしました。飯田では構造改革特区で「どぶろく」の製造・提供が
認められているのに対し,安心院のワインは認められていないなど,日本の
農家民宿をめぐる課題は制度的な面だけでもまだたくさんあると思いました。
(11月6日(月)記)
→安心院の農村風景



4月25日(金)
 農畜産業振興機構の月刊誌『月報野菜情報』5月号に「ドイツの農産物直売調査から」
を執筆しました。
 
2008年4月8日
世界農村社会学会(The International Rural Sociology Association)の
第12回大会(韓国高陽市,
7月6〜11日)のセッション34 An Evaluation of
the Roles of women farmers in East Asia: A comparative study between
Korea and Japanで、博士後期課程の澤野久美さんとの連名で日本の
農村女性起業について報告予定です。

2007年3月
 日本村落研究学会編『むらの資源を研究する―フィールドからの発想―』
 (農山漁村文化協会)が刊行されました。
  「第4章 農村資源と地域政策の国際比較」 のなかで
  「ヨーロッパにおける農村地域振興:日本への適用可能性の視点から」を
  執筆担当しています。
 姉妹編の『むらの社会を研究する』では、当学科の大内先生が
執筆されています。どちらも定価2,200円にて好評?発売中です。